特集 従業員への損害賠償は 政府労災だけでカバーできるか
民間の労災保険「賠償責任保険」とは(イメージ)

民間の労災保険「賠償責任保険」とは

任意労災の補償内容や政府労災との違いを解説

いわゆる労災保険とは「政府労働災害保険(政府労災)」、つまり国が運営しているわけですが、これに対して民間会社が提供している使用者賠償責任保険などの任意労災もあります。任意労災とはどのような補償があるのか、ここで紹介します。

政府労災だけに頼れない!任意労災が必要な理由

政府労災でカバーできない部分を手厚く補償

政府労働災害保険は、1人以上の従業員を有する会社であれば強制加入となる保険です。治療費や遺族年金補償の支給など、さまざまな補償が付帯していますが、労働事故にあった従業員またはその家族への慰謝料や見舞金まではカバーできません。支給額は必要最小限なうえに、認定されるまでに時間がかかるといったデメリットもあります。

また、従業員(またはその家族)が会社を相手取り損害賠償請求をするようなことになれば、その請求額は政府労働災害保険だけで賄えないことも多々あります。

使用者賠償責任保険(任意労災)とは、こうした政府労働災害保険では補えない部分をケアする保険。例えるなら、自賠責保険(強制)に上乗せする「任意の自動車保険」のようなものなのです。

政府労災で賄える範囲と損害賠償の実際

政府労災で補償できないもの(会社負担)が高額になることも

政府労働災害保険の補償対象となるのは、以下のとおりです。

  • 治療費(または葬儀費)給付
  • 休業補償給付
  • 障害補償給付
  • 遺族補償給付
  • 傷病補償給付

これだけの給付がある一方で、足りないものがあります。上述のとおり、慰謝料や見舞金もそうですし、後遺障害についても事業者側が負担しなければいけないケースもあります。

また損害賠償請求についても補償されず、場合によっては数千万円から数億円が会社負担となることもあります。

労災保険給付と民事損害賠償の調整(イメージ):中央労働災害防止協会『経営者の労働災害防止責任 安全配慮義務Q&A』より

任意労災とは~政府労災との違い

労災上乗せ保険と使用者賠償責任保険について

任意労災は、政府労働災害保険では補えない部分をカバーしてくれる、民間会社が運営する保険です。補償内容の違いなどによってさまざまな種類がありますが、代表的なものは「労災上乗せ保険」と「使用者賠償責任保険」です。

労災上乗せ保険の補償内容には、死亡した従業員または休業中の従業員や、後遺障害が残った場合の「法定外補償保険金」、このほか災害付帯費用なども支給してくれます。

一方、使用者賠償責任保険は損害賠償請求を命じられた際に、その請求額を補償する保険です。補償額に上限はあるものの、請求額の多くを保険料で賄えます。

使用者賠償責任保険加入のメリット

億単位の損害賠償請求でも補償してくれる保険

ここ最近、使用者賠償責任保険を重要な保険と位置付ける会社が多くなっているようです。

労働者の権利意識が高まっている一方で、厚生労働省も労働者の立場を守る姿勢であることから、訴訟を起こされると会社側が敗訴する確率が高くなっていることが、その要因でしょう。

賠償額または和解額は、億単位になる判例も多くなっています。

従業員が死亡した場合は政府労災では約1,000万円の補償がありますが、損害賠償については会社負担です。こうした事業リスクの点からも使用者賠償責任保険に加入するのは企業にとってリスクマネジメントの一環といえるでしょう。

使用者賠償責任保険の補償内容

慰謝料、損害賠償額、コンサルティング費用まで補償

使用者賠償責任保険の補償内容は、保険会社によって異なります。一例として、三井住友海上の使用者賠償責任保険の補償内容を紹介します。

  1. 被災者(負傷または死亡した従業員)の損害賠償金
    後遺障害または死亡した従業員およびその家族に対する逸失利益の支給、政府労災で不足する休業損失に対する支給など。慰謝料も含まれます。
  2. 損害賠償請求等にかかった費用
    損害賠償請求訴訟を起こされた場合には、賠償金などの補償、訴訟や調停・示談交渉の際に支払う弁護士報酬など、損害問題にかかわる費用が補償されます。
  3. 社労士・コンサルティング費用
    労働基準監督署の対応で社労士を依頼することがありますが、これに対する費用を支給してくれます。また、事故再発防止のために専門家に依頼するコンサルティング費なども支給されます。

なお、補償額には上限が設定されていますので、詳しくは各保険会社にお尋ねください。

賠償責任保険のリスク

保険金の支払いの基本事項

保険金が支払われるには、他の保険同様に、色々な条件を満たす必要があります。

支払いをアテにしていて条件を満たしていなければ、事の内容と賠償額によっては経営に打撃が生じかねません。

賠償責任保険について、支払いが行われる一般的な条件を紹介します。

  • 損害賠償請求権者に、保険加入者が損害を賠償した場合

    実績に対して、そのかかった費用が上限とされます。

  • 被害者である損害賠償請求権者に、保険加入者が損害を賠償する前の場合

    ①保険加入者から保険会社に、直接、被害者への支払いを指示したとき。

    ②被害者が先取特権(さきどりとっけん※1)を行使したとき。※2

    ③被害者が、保険加入者に保険金を支払うことを承諾したとき。

  • ※1.被害者は、保険加入者の他の債権者よりも、この保険で優先的に弁済を受ける権利を有しています。

    ※2.①②のとき、損害賠償とそれ以外の保険金の合計額が、保険の契約金額を上回る場合は、損害賠償金が優先的に支払われます。

保険の適用について

適用地は基本的には国内です。保海外事業所にも国内同様の保険を適用させたい人は、相応の賠償責任保険を取り扱っている保険会社の商品への加入をおすすめします。

対応業種は、基本的には全ての業種です。ただ、医師による医療業務や、その他の国家資格を有する者のみが行える業務については対応範囲から外れることがありますので、事前によく確認をする必要があります。

契約期間は1年間です。初日の保険適用開始時刻から、末日の適用終了時刻までが明確にされています。

その他、契約している保険で保険金を支払う事例が発生した場合は、更新をする際に免責の自己負担額が加わりますので注意が必要です。

賠償責任保険の保険料

賃金総額や業種によって保険料が決まる

保険料は支払限度額のほか、従業員に支払う賃金の総額や保険会社によるリスク診断評価、また業種によっては会社の年間売上金(請負金)などによって異なります。

一例として、三井住友海上の使用者賠償責任保険の保険金例を紹介します。

  • 建築事業の保険料例:241,980円

    (年間請負金額5億円、賃金総額6,000万円、総合リスク診断評価が一定の条件を満たした会社の場合)

  • サービス業(その他の各種事業)の保険料:92,030円

    (賃金総額2億5,000万円、総合リスク診断評価が一定の条件を満たした会社の場合)

保険料と補償内容で最適な選択を

任意労災として、使用者責任を補償する賠償責任保険としても、また各リスクや保険料の視点からも、自社事業に適した保険に加入することが大切です。

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